HSPブームから垣間見えた民間心理資格の乱立問題を考察してみる
HSPについては、著名人やテレビの報道などでも取り上げられるようになり、世に知られる概念となりました。
その一方で、誤った知識が広がったり、HSPという言葉を使った悪徳商法が増えたり、一部ではこの状況を「HSPブーム」と揶揄され、問題視されました。
この問題点については以前、ブログ記事で考察しましたので、気になる方は以下のリンクからご覧ください。
「HSPブーム」はなぜ問題視されたのか?【行動経済学で考察】
さて、HSPブームをきっかけに、それ以前から問題視されていたことがより浮き彫りになりました。
その一つが、民間心理資格の乱立問題です。
「HSP」というワードを使ったカウンセラー養成講座が目立つようになり、この問題はさらに言及されるようになりました。
ただ、「この民間心理資格の乱立はそもそも何が問題なの?」と考える方もいらっしゃると思います。
問題視される理由は複数あるのですが、今回は経済的な観点から、民間心理資格の乱立問題について考察したいと思います。
「HSPブーム」から見えた民間心理資格の乱立問題
以前にも本ブログで考察しましたが、一般的に世の中で共感されるHSPの概念と学術的なHSPの概念にズレが発生しています。
一般的に世の中で共感されるHSPの概念:生まれつき5人に1人いる繊細で敏感な気質を持つ人 学術的なHSPの概念:感受性を3区分した際の高感受性群(30%程度)で環境から影響を受けやすい人 |
こうした、一般的に知られることと学術的に知られることがズレることについては、HSPに限ったことではありません。
世の中のいろんな事象において、一般的な知識と学術的な知識がずれるというのは、ままある話です。
ただ、HSPをはじめ、特に心理学の分野では、こうした一般的な知識と学術的な知識がズレることが特に多いと感じています。
実際に本屋の心理学分野のコーナーに行くと、一番目立つ位置に並ぶ本は、非専門家に書かれている自己啓発系のものが多いです。
そして、内容を見てみると、科学的な根拠を明確に示されていないものも多いです。
これは、心理学系の本を探す人が「自分の心の悩みを軽くしたい(解決法を知りたい)」という目的の人が多いからこそ、何らかの具体的なアクションプランが本に書かれていないと、なかなか売れないからです。
逆に言えば、読者は「心の悩みを軽くするためのアクション」が分かれば目的を達成できるわけですから、科学的な内容でなくても「私の場合は●●したらうまくいったよ」という主観的な情報であっても、大きな価値になるわけです。
だからこそ、心理学分野においては、一般的な知識と学術的な知識がズレやすいのではないかと思っています。
さて、話をHSPに戻しましょう。
私は以前、Twitterでこんなツイートをしました。
①世の中で共感される「HSP」の意味と、②学術的な「HSP」の意味では、相違があります。
なので、①の意味を前面に出すなら、それは「専門的」な意味合いより、「営業的」な意味合いが強くなります。
営業文言だと割り切れれば良いのですが、そうもいかないことが問題なんだと思います。#HSPの功罪
— ぽん乃助@繊細な人の働き方戦略家/ブロガー (@suke_of_pon) July 15, 2021
世の中では、いわゆるパワーワードを使って営業をするというのは、よくある話だと思っています。
日本は資本主義ですので、「HSP」という言葉がパワーワードになるのであれば、ビジネスとして活用されるのも当然の摂理だと思っています。
もちろん、法律に触れるような悪徳商法は論外ですが、「HSPの人のために」とか「自分はHSPです」というのをビジネス的に利用するのは、1人のサラリーマンで営利活動をしている身としては、別に問題があるものではないと思っています。
ただ、法律や道徳から逸脱していなければ良いのかというと、そうではありません。
私は、経済的な観点も、考えなければいけないと思っています。
こうした経済的な観点で見たときのひとつの大きな問題は、「民間の心理資格の乱立」だと思っています。
これはHSPという概念が流行る前から問題視されていましたが、HSPというキーワードを使った民間の心理資格も登場し始めており、民間の心理資格の乱立問題は声を挙げる人が多くなったように思います。
ただ、この「民間の心理資格の乱立」について、「何が問題なのか?」と思う人も多い気がします。
そこで今回は、「HSPブーム」でより目立つようになった「民間の心理資格の乱立」について、何が問題なのかという点を経済的な面から考察していきます。
スポンサーリンク
民間心理資格の乱立の何が問題なのか?
心理資格の代表的なものといえば、「公認心理師」や「臨床心理士」となります。
「公認心理師」は2015年に新たにできた国家資格であり、「臨床心理士」は国家資格ではありませんが、大学や大学院に通うことを必須とするなどの高い取得要件を設けてきた信用度の高い資格です。
このほか、ある程度の高い取得要件を設けている資格があるものの、ここでは割愛します。
その一方で、低い要件(通信講座等)で取得できる民間資格が多くあります。
よく言われている民間心理資格の乱立というのは、こうした低い要件(通信講座等)で取得できてしまう民間資格が増えていることを指している場合が多いです。
それでは、どうしてこんなに民間心理資格が増えるのでしょうか。
それは、儲かるからです。逆に資格を取る立場からすると、心理学を勉強して仕事に生かしたいと思う人が多い(何でもいいから資格が欲しいという需要が高い)からです。
通信講座等の民間心理資格の謳い文句としては、精神疾患の患者数が以前より多くなってきていることなどを根拠に、「心の悩みを取り扱う仕事の需要などが高まっている」ということを主張していることが多いです。
実は、こうした主張に大きな問題をはらんでいると思っています。
まず、資格を取る人の目的は、何にあるのでしょうか。
スクール・講座情報検索サイトの2019年のアンケート調査では、資格を取得する目的として、「スキルアップ」「就職・転職」「起業・独立」といった仕事(キャリアアップ)を目的に挙げた人が大半を占めていました。(参考:スクール・講座情報検索サイト「BRASHU UP 学び」)
それでは、低い要件(通信講座等)で取得できる民間心理資格を取ることで、仕事につなげられるのでしょうか。
答えは、限りなく「No」に近いです。
まず、信用度の高い「公認心理師」や「臨床心理士」の資格がある中で、通信講座で取れるような民間資格を履歴書に書いても、全くアピールにつながりません。
「でも、資格の内容が良くて実務に活かせれば問題ないのでは?」という意見もあるかもしれません。
私自身、民間資格の中では一定程度取得要件の高い「産業カウンセラー」の資格を有しており、この資格との比較にはなってしまいますが、実際に通信講座だけで取れる心理資格(費用は10万円近く)を一つ取得してみました。
あくまで一つの通信講座の民間資格の事例になりますが、内容としては、カウンセラーの道徳(守秘義務など)・心理療法など、浅いながらも知識は網羅されている印象にはありました。(なお、テストが家に送られてきて、教科書を見ながら答えを写せば資格取得できてしまうので、知識が定着しない可能性が高いように思えます。)
ただし、私が受講した通信講座では、一番の問題は傾聴の訓練など、実践的な内容が資格に一切含まれていませんでした。
つまり、こうした取得要件の低い民間の心理資格をとっても、就職や転職活動でアピールできないので心理職につくのは難しいですし、カウンセラーの道徳(守秘義務など)や心理療法を座学で学んだところで、心理職以外の分野では活かすことが難しい可能性が高いわけです。
そのため、名実ともに、取得要件の低い民間の心理資格をとっても、仕事に活かせることは非常に限定的と考えられます。
さて、ここまでを踏まえて、「民間心理資格の乱立」が問題である理由を考察していきましょう。
メンタルをテーマにお金を稼いでいる人といえば、今ではYouTuberのDaiGoさんが真っ先に挙げる人も多いと思いますが、心理学界隈で一番儲かるのは、「大勢の人を対象に教える」ことなのではないかと思います。
民間心理資格ビジネスも、「大勢の人を対象に教える」ということが可能で儲かるからこそ、乱立するのだと思います。
ただ、民間心理資格ビジネスで教えられた人が何にも活かせることがないのであれば、「大勢の人を対象に教える」人だけが一方的に儲かることになります。
こうした構造は、ある意味「搾取構造」に近いものであり、不健全な経済活動に近づいてしまうのではないかと思います。
心理職として求められていることは、決して「教える」ことだけではなくて、カウンセリング・就労支援など、仕事は多岐にわたっています。
精神疾患の患者数は統計的にも増えていますが、もしこの数字の背景に心の悩みを抱える人が多くなっているのであれば、なおさら「教える」以外の仕事も必要になってくるわけです。
しかし、心理学を学びたいという需要は大きいので、比較的安易にお金を稼げる「教える」ことを目指そうとする人も増えるわけです。
本来「教える」という仕事に求められていることは、教えられた人が活躍できるように育てることなのではないでしょうか。
言い換えると、「教える」という仕事に求められる人材は、量よりも質が問われているのだと思います。
こうした背景の中、さらに民間の心理資格が乱立していくのであれば、「教える」という仕事への過剰な労働供給が続いていき、心理学界隈全体の経済的な悪循環につながる可能性があると言えるのではないかと、私は考えます。
スポンサーリンク
民間心理資格の乱立問題を解決するために
あくまで、ここからは1ブロガーの考えとして、ご覧になっていただければと思います。
民間心理資格の乱立問題を解決するためには、「公認心理師」や「臨床心理士」などの信用度が高い資格の希少性をさらに高めることが考えられます。
具体的なアクションとしては、次のようなことが一例として考えられます。
①乱立する民間心理資格を行政等で規制する ②「公認心理師」や「臨床心理士」などの信用度が高い資格の合格率を下げる ③「公認心理師」や「臨床心理士」などの信用度が高い資格取得後の仕事の待遇を高める |
よくTwitterでは、乱立する民間心理資格を批判する声を見ますが、実際には①のように行政等が規制に動く可能性は低いと思います。
また、②もいろんな面で現実的ではないと考えられます。(③が達成してから、検討すべき事項だと考えられます。)
なので、現実的な面で考えると、③が考えられるのではないかと思います。
国際比較はあまりあてにならないかもしれませんが、平均的・標準的な年収として、日本の臨床心理士は年収300万円代に対して、アメリカの臨床心理士は年収87,015ドルとされています。(参考:Wikipedia)
ただ国内の労働市場で考えてみると、民間企業の平均年収は436万円ですから、臨床心理士はこれを下回るわけです。(参考:令和元年 国税庁調査)
「公認心理師」「臨床心理士」の資格取得には、大学院まで進学する必要がありますから、学費や機会費用を考えると、他の国家資格等と比べると希少性が低くなってしまう可能性があります。
つまり、「公認心理師」「臨床心理士」の労働市場においても、厳しい状況であることが考えられます。(そうでなければ、通信講座等の民間心理資格が乱立することも考えづらいです。)
こうした背景もあり、以前に私はTwitterで、次のようなツイートをしました。
民間の心理資格が乱立することが問題である大きな理由は、資格取得後の仕事や収入に直結しないことだと思う。「教える側が儲かり、教わる側が損する」という搾取構造がどんどん広がる。心理学が健全に発展するには、公的な資格を活かせる求人が増えたり、待遇が良くなったりする必要があると考えます。
— ぽん乃助@繊細な人の働き方戦略家/ブロガー (@suke_of_pon) July 4, 2021
こうした状況の中で先述したとおり、通信講座等の民間心理資格の謳い文句としては、精神疾患の患者数が以前より多くなってきていることなどを根拠に、「心の悩みを取り扱う仕事の需要などが高まっている」ということを主張していますが、これは本当なのでしょうか?
国としてはスクールカウンセラーの体制を充実させる方針等を掲げていますが、少なくとも通信講座等の民間心理資格を取得していても活躍できる場は少ないと考えられます。
また、国や民間企業が「公認心理師」や「臨床心理士」などの信用度が高い資格取得者の活用にもっと積極的になれば、民間心理資格の乱立も自ずと防がれるものと考えます。
スポンサーリンク
「教える」立場への憧れ
さて、ここまでお話しした中で、「教える」ということをキーワードとして何度も使ってきました。
「教える」仕事を司る代表の職業としては、学校の先生や専門家などが挙げられます。
私は仕事の中で学校の先生や専門家などと付き合うこともあるので、「教える」の裏にどれだけ大変な思いをしているのか、よく理解はしているつもりです。
なので、「教える」という仕事に対しては敬意を払っており、今回の記事において、そうした方々を批判するつもりは一切ありません。
ただ、SNSや YouTubeなどを筆頭に、何かを「教える」人が増え、そしてそれを目指そうとする人が増えすぎたのではないかと思っています。
おそらくこの背景には、「お金を比較的楽に稼ぎたい」とか「尊敬されたい」とか、そういった気持ちが潜んでいるからだと思います。
このように、「教える」立場への憧れを抱く人が、とてつもなく多くなったのだと思います。
資格ビジネスの乱立も、こうした個人の思いが法人のサービスとして形になったものなのかもしれません。
でも、世の中全体で考えると、いろんな職業があって成り立っているわけで、「教える」仕事を司る人は一部で十分なわけです。
実際に「教える」という仕事を目指そうとする人が増えてきた今においては、ビジネス的な視点で考えるとライバルがあまりに多くなってきていますので、この仕事でお金を稼ごうとするのは難しいと思います。
ゆくゆくは日本の労働力人口は減っていくわけですから、経済的な視点で考えると、これまで以上に労働力の過不足が起きないように労働力の分配が必要であり、ひとつの仕事への集中というのは避けるようにすべきだと思われます。
なので、今回は「教える」という仕事をテーマにしましたが、目立つ仕事ばかりがメディア等でフィーチャーされるのではなく、色んな仕事の良い面がフィーチャーされていくと良いんじゃないかなと、私としては思っています。
スポンサーリンク
おわりに
さて、今回の記事はいかがでしたでしょうか。
HSPをきっかけに、「民間の心理資格の乱立問題」について、Twitterで言及される声が多くなってきました。
ただ、「民間の心理資格の乱立」って何が問題なのかと、疑問を感じる人も少なくないのではないでしょうか。
確かに、法的観点や道徳的観点から考えると、問題性はなかなか感じられないものだと思います。
今回は、あくまで1人のブロガーの立場ではありますが、経済的な観点で「民間の心理資格の乱立」が問題である理由を考察してきました。
私個人の見方ですので、抜けている観点があると思いますが、その点はご容赦いただければと思います。
ということで、今回はこの辺で終えたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回も、よろしくお願いいたします。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。